ヒトの体内に約2 g存在する亜鉛は、成長や新陳代謝の促進、味覚や臭覚の正常化、食欲の正常化、脳の機能維持、女性ホルモンの分泌の促進、細胞の老化やがん化の抑制、免疫力の維持、有害金属からの生体保護などといった生体のホメオスタシスに関わる必須微量元素である。また、生体内では300種以上の亜鉛タンパク質や酵素が存在すること、さらに亜鉛が転写活性化因子中に存在することも明らかにされている。さらに、亜鉛は糖尿病と密接に関係していることが古くから知られており、インスリンの前駆体であるプロインスリンの安定化には亜鉛イオンが必要であり、亜鉛は膵臓内へ取り込まれ、インスリンと共に血中に分泌される。糖尿病患者では、血漿および組織中の亜鉛濃度が減少し、尿中への排泄量が著しく増加していることが報告されており、1980年にはラット脂肪細胞を用いた実験から、亜鉛化合物にインスリン様作用があることが世界で初めて見出だされた。その発見以降、様々な研究者らによって亜鉛化合物の糖尿病治療効果に関する研究が報告されてきている。
本研究分野では、亜鉛イオンより高活性な亜鉛錯体化合物を見出すため、種々の配位様式をもつ亜鉛錯体を合成し、in vitroおよびin vivo実験系において評価を行っている。特に、国内の糖尿病患者の中で、95%以上を占めている2型糖尿病をターゲットとして研究を行っており、ビス(アリキシナト)亜鉛錯体やビス(ピロリジンジチオカルボナト)亜鉛錯体が強い血糖降下作用を示し、かつ経口投与で有効であることを見出してきた。また、「これら開発された亜鉛錯体がなぜ糖尿病治療効果を示すのか?」という疑問に答えるために、3T3-L1細胞やCaco-2細胞などを使用して、詳細な作用メカニズムの解明も検討している。現在は、糖尿病治療薬のみをターゲットにするだけではなく、抗肥満・抗高血圧・抗酸化作用・抗セプシス効果を併せ持つ亜鉛錯体のデザインおよび構造活性相関性の評価を、in vitroおよびin vivo実験系で行っている。